夫と私はいわゆる「運命的な」出逢いをした。

ニューヨークに引っ越す前、オークランドに住んでいた時のことである。

ダウンタウンにある<Layover>という名前のひっそり佇んだバーで、私は彼を初めて見た。

一緒に行った友人が、あの人と一緒に踊ってビール一杯おごってもらいなよと耳打ちしてきたのだ。

“He’s a Japanese too, you know.” 

恋人にするなら日系人がいいんでしょ?と友人が、秘密の情報を教えてくれるかのように耳元でささやいた。

“He’s also a musician.”

彼女が顎で指すバーの方に目を向けると、顔が黒いヒゲで覆われた体の大きいアジア系の男性が楽しそうに笑っていた。

私は手に持っていたビールを一気に飲み干してこう言った。

“Le’ts get out of here. I don’t date musicians.”

屋根裏部屋でひとり、ただ音楽をひたすら作っているような売れないアーティスト。

それが彼の第一印象だった。

32歳という年齢で名の知れないミュージシャンと恋を始められるほど、私は純粋じゃなかった。

それからひと月が過ぎた頃、日系アメリカ人の友人ジェニファーがケーキを持ってうちに遊びにやってきた。

一緒にケーキを食べながら喋っていると、ジェニファーがいきなりこんな事を言ってきたのだ。

「あんたボーイフレンドつくる気ないの?」

「つくる気がないんじゃなくて、ただ居ないだけ。私だって恋愛したいわよ。」

「それなら、I know a perfect guy for you! その人アーティストで、性格も良いし男らしいのよ!音楽で一応食べていけてるみたいだし、あと背も高いの!」

「本当?一度会ってみたいかも!」

「ただ一つだけ…すっごく良い人なんだけど、本当にすっごく良い人なの…でも頭がツルッツルなの。スキンヘッドと変わらない感じ。」

「私、外見は気にしない方なんだけど、ハゲはちょっとね…。太ってたり背が低いとかは大丈夫なんだけど。う~ん…やっぱりやめとこうかな。」

そうして特に変わった出来事もなく、また数週間が過ぎていった。

ある日、退屈で暇を持て余していると友人らが近所でハロウィンパーティーがあるから行こうと私を連れ出してくれた。

だけど残念ながらパーティーはすごくつまらなかった。

私はピスタチオアイスをいっぱいに盛って一人で食べていた。

すると何ということだろう、頭を綺麗に剃った男性が声をかけてきたのである。

以前にバーで見た、あの真っ黒ヒゲの男であった。

そして後になって知ったけれど、ジェニファーが私に紹介してくれようとした性格が良くて男らしいスキンヘッドもこの人だったのだ。

そんな3回もの行き違いの末に、私は彼に「初めて」出逢った。

私たちはアイスクリームとビールを2人で分け合いながらお喋りし、電話番号を交換した。

そして月曜日の朝に彼からこんなメールが届いた。

「美味しいアイスクリーム屋さんが最近うちの近くにできたんだ。他にもケーキの美味しい店があるんだけど、一緒に行く人がいなくて…」

はぁ…最近の男たちは肝が小さい。気になる子ができでも、素直にデートしてくださいが言えずに顔色をうかがってばかりいる。

私はそういう誘い方が気に入らないと正直に言った。

すると、打って変わって「明日の夜、一緒にお酒を飲みに行かない?」と誘ってきたのだ。

私たちは彼の家の前にある湖で会う約束をした。

火曜日、湖から地元にある日本風居酒屋に行って串焼きと鍋を頼み、数時間いろんな話題で喋ったりした。

恋愛の話、音楽の話、それから芸術の話。

水曜日は朝から会って丸一日を一緒に過ごした。

バークリーにあるカフェへ行き、彼はパソコンを開いて仕事、私はスケッチをしたり本を読んだりした。

家に帰る前に彼が、通っていた学校から見える夕日が綺麗だから見に行こうと連れて行ってくれた。

階段の最も高いところまで昇り、ふたりで真っ赤に染まる夕日を眺めた。

木曜日にもふたりで会った。

彼は私に聞かせたい歌があると言った。

そして、今はこの世を去ってしまったが、90歳近くの老父がピアノを弾く少し古びたバーに私を連れて行ってくれた。

彼は私をステージの目の前に座らせ、Frank Sinatraの <The way you look tonight>を歌ってくれた。

Some day, when I'm awfully low

When the world is cold
I will feel a glow just thinking of you
And the way you look tonight

Mm, mm, mm, mm,
Just the way you look tonight.

夜空に一瞬輝く流れ星のように、私達は短い時間で強く惹かれあった。

朝目を覚ますたび、これは夢なんじゃないかと疑ったりもした。

こんな奇跡みたいな事が私にも起こるなんて。

彼は、20歳の時に私に出会いたかったと言ってきたことがある。

「いつか必ず死ぬ時が来るなら、君を10年でも早く知っていたかった。」と。

なんとも甘い言葉に私は顔を真赤にして地面だけを見つめていた。

ある日彼がふたりの初めての待ち合わせ場所である湖で、舟に乗ろうと言ったきた。

私は躊躇せず彼の手を掴み一緒に舟に乗り込んだ。

すると舟には真っ赤なバラの花束とシャンペンが用意してあった。

彼はシャンペンのフタをポンッと開け、照れくさそうにこう言った。

「高くて良いのだって聞いて、これにしたんだ。」

シャンペンを注ぐ彼の手がすこし震えているのが分かると、私はもう涙がこぼれそうになった。

そして彼はポケットから指輪を取り出した。

「一生一緒にいよう。」

私は絶対泣かないと思っていたのに、勝手に涙が溢れてきた。

すると舟を漕いでいたおじさんが突然歌い始めたのである。

湖沿いを行くホームレスの人も、引いていたカートを留め大きな声で一緒に歌いはじめた。

横を過ぎる舟に乗っている人も、湖周辺を散歩している人も、みんなで一緒になって歌い、拍手を送ってくれるのだ。

私は涙と笑顔で顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

まさに幸せの絶頂だった。

そんな夢のような交際期間とプロポーズ、華やかな結婚式が過ぎていった。

そして、その後の数年間で多くの事が変わっていったのである。

もちろん楽しいことも沢山あったけれど、プロポーズされた時には想像も出来なかったくらい私たちは本当によくケンカし、よく泣き、何百回も絶望した。

でもぶつかりあったのはふたりの愛が冷めたり、気持ちの変化があったからではない。

喧嘩もお互いを知っていくための過程の一つだと分かっている。

でも、争うたびに「一生」という言葉が、頭の中をぐるぐると廻っては離れなくなっていた。

プロポーズを受けた時にはとてもロマンチックだった「一生」という言葉。

今ではその言葉が私を不安にさせたりもする。

喧嘩するたびに、今ここで譲ってしまったら私は「一生」譲ったまま生きていくことになるのか?

今ここで諦めて「一生」直してもらえなかったらどうしよう?

「一生」という言葉にかかった重みは「一生」を約束するときの甘さよりも遥かに大きなものであった。

たまに友人がこう尋ねる。

一生愛し合うことを誓って結婚したのに、喧嘩ばかりして…もう嫌になっちゃったの?と。

私の答えはこうだ。
Yes and No.

愛はまるで生き物のように成長を続けるし、姿形も変わってゆく。

ラブロマンスだったドラマが、毎日問題の尽きない朝ドラに変わったりもするのが愛なのだ。

だから嫌になることだって当然ある。急に1話休みたくなる時もあれば、全てが嫌になって打ち切りにしたい時だってある。

でも物語を作っていくのは私達2人で、続けるか続けないかを判断する権限も私達にある。

「一生」という言葉に責任を感じ不安になりながらも「一生」という言葉で繋がっているのが結婚生活だ。

時にすごくうんざりするけど、だからこそすごく愛おしい。

そんな「一生」を私は彼と約束したんだ。


<結婚の現実シリーズ>
「結婚とは決してロマンチックなものではない!」
結婚6年目、母親3年目、人間40年目を迎えたsimjiaさんのリアルな結婚生活日記。
彼女が結婚生活で体験したエピソードを隠さずそのままお伝えします!誰かの正直かつリアルな結婚生活の話を聞くだけでも、きっと私達の恋愛に役立つはずです♡


 


筆者:simjia

約束とは人とするものではなく、自分とするものなのかもしれない。